
Nick Name なーてぃ、なな
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ナターシャ、七歳の記念に写真家のラリー・ジョンソンさんに撮影してもらう。
撮影マナーは現役時代と変わりなく、楽しそうにモデル猫が出来てよかった^^
ナターシャは、米国カリフォルニア州から飛行機に乗ってやってきました。彼女が7ヵ月の時の事です。
空港に迎えに行き、キャリーの中を覗き込んだ私に御機嫌よく喉をならして挨拶してくれたことを今でもよく覚えています。
目と耳ばかり大きな、とっても不思議で素敵な子猫。それが彼女への第一印象でした。
彼女がきた年はまだ輸入猫の検疫がなかったので、車の後部座席でキャリーから出してあげると、とても楽しそうに私のひざに乗ったり、おもちゃで遊んだり、ごはんを食べたり・・・。
『うーむ、さすがはカリフォルニアン・ガール』
物おじしない性格の彼女との出会いは、私の中で当時、シャイだと言われていたロシアンブルーという猫種の印象を大きく変えた出来事でした。
Azurski Catteryは、「ぼくたちの娘を可愛がってあげて」と、その言葉だけで彼女を私に託してくれました。ナターシャは真直ぐに人間を見つめるコで、本当に大切に育てられてきたことが彼女の瞳からも伝わって来ました。
いつかきっと、ナターシャのように人間を見つめる子猫を育てよう。
そのとき、心からそう思いました。ナターシャは私にとって既にカルチャーショックの範囲だったのかもしれません(^-^; |

◆パンフレットの表紙になってみたり・・・ |
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◆故・加藤カメラマンに撮影していただきました。
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ナターシャがグランドを目指した年は、輸入検疫の前年ということもあり多くの素晴らしい猫が海外から迎えられた、激戦のシーズンでした。
ロシアンブルーもナショナルウィナーの直子ばかりがならび、それはそれは壮観。
大変、苦しい激戦の日々でしたが、今振り返ってみれば、エントリーするオーナーたちもお互いに助け合い、励ましあいながらよきライバルとして戦えた年だったと思います。
初めてグランドレースを走る私にとっては、先輩ブリーダーさんたちのがんばれという言葉や、ナターシャを譲ってくださったAzurski Catteryの温かいメールが拠り所。
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いよいよグランドになれるのではないか?というファイナルに残していただけたときには、グランドポイントの計算も出来ない私の待機ケージに、何人ものブリーダーさんが集って、みんなでナターシャのポイントを計算してくれたことも・・・。
何度も諦めかけたナターシャのグランドタイトルでしたが、 このシビアなシーズンの経験があるからこそ、今では少々の激戦になっても、のんびりと笑っていられたりします。
そんな苦楽につき合って、最後までおっとりと審査台にあがってくれた最愛のナターシャ。
残念ながら3度目の出産時の事故で避妊手術をすることになってしまいましたが、トレロとパンドラの2頭の子供たちを私に授けてくれました。
繁殖からは引退した彼女ですが、相変わらずおっとりと暮らしています(^−^)。
僅かな出産回数でしたが、彼女は当キャッテリ−の基盤を築いてくれた大切な女の子。
最後まで手許で大切に、精一杯よい環境で暮らしてもらうと決めています。 |
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2006/10月加筆
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